第8章 崩壊
その声は、言葉は、男の胸にことりと置かれた。
じわじわと侵食していく暖かい何かに、不意に男は泣きそうになる。
視界はぼやけるし、噛み締めている唇は震えるし、大倶利伽羅には泣きそうになっていることなどバレバレだろう。
「薬研は、怒らないかな」
男が涙声で尋ねる。
「言ったんだろ、薬研が。あんたの幸せを願ってると。」
大倶利伽羅は得意気に返した。
「うん…っ」
そうだ、薬研藤四郎は確かに願っていた。
主の、男の幸せを。
あれは嘘でも誤魔化しでもない。
きっと薬研藤四郎は、男が幸せになっても怒らないだろう。
毎日を笑って、恵まれた日々を過ごしても、男を恨みなどしないだろう。
男は布団を握りしめた。
その力の入った拳に、大倶利伽羅がそっと触れる。
「むしろ、あんたが泣いてる方があいつは怒ると思うがな」
男はついに涙を零した。
そうだ、薬研藤四郎とはそういう刀だった。
きっと、昨日までのような状況を見れば、自分のせいだと責めるだろう。
折れてしまってまで、そんな思いはしてほしくない。
大倶利伽羅は、男の嗚咽を聞きながら静かにそばに居た。
男が泣き止むまで、ずっとずっとそばに居た。
男は、本当の意味で、ようやく前を向く決意をすることができたのだった。