第8章 誰の顔も浮かんでこないわ
「あ、祥ちゃん!」
コーチにも渡しておこう、と休み時間に職員室へ向かっていた時、前方にダルそうに歩く祥ちゃんの姿を見つけた。
「あ゛あん?何だ、華澄かよ」
「何だじゃないわよ。最近朝練サボってばかりじゃない」
その度に放課後の部活の時に修ちゃんにシメられているのだが、それでも全く反省の色が見えず、修ちゃんも少々手を焼いている。
「冬はさみーから起きれねーんだよ」
そんなこと言い訳にはなりません。とこのやり取りはもう何度もした。
私は小さくため息をつき、既に軽くなった紙袋から一つ取り出して差し出した。
「お?バレンタインか。サンキューな」
「言っておくけど、これ以上サボるようだったら来年はないんだからね」
「へーへー、わかりましたよ」
そう言いながら去っていく彼にまた一つため息をつきながら、私はまた職員室へと歩みを進めた。
まだ、この時は何も知らなかったんだ。
本当に来年、祥ちゃんにチョコを渡すことがなくなるということを。