第1章 はちみつが甘いから
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「いらっしゃいませー!のどごしさっぱりおうどんいかがですかー!!」
「…すかー」
もっと声出しや!と勢いよく背中を叩かれる。
そんなことを言われても、いきなりこんなことになるなんて聞いてないよ…
時は遡り、あの小屋の前でのこと。
「オレたちの手伝いしてくれたら教えたる」そう言われた私は、できることならなんでもすると言ったのだが、その返事を聞くや否や服を着替えさせられ町人が着るような法被を被せられ額にはちまきを巻かされ、火の用心で使うあの木の棒を持たせられ、なされるがままここに立っていた。
木の棒をコンコンと叩きつけながら、私は心の中でため息をつく。
私たちの屋台の後ろには、荷台に乗せたうどん粉をせっせと高津さんがこねている。
高津さんはガタイのいい彼のことで、隣で声を張る彼は山崎さんというらしい。
これは彼らから直接聞いたわけではないけど、互いに呼び合っていたからすぐにわかった。
…まあ多分だけど。
彼らはいわゆる出稼ぎの商人らしく、道中出会った2人は意気投合してそのまま一緒に売り出しに行くことになり、たまたま見つけた私を人手が足りないという理由で攫っていった。
っていう設定なのかな。
そろそろ終わってもいいと思うんだけど、夢なら夢で、芝居なら芝居でね。
でも夢にしてはちょっとリアルすぎるか……
「そこのお姉さん見てってー!うまいよ!」
山奥から出て町はずれのような場所でうどんを売っているわけだけど、
人通りもまばらで、正直言ってうどん代を払うお金を持っているのか不安になるような人ばかりが通って行く。
隣の山崎さんの無言の圧がすごいから、私も必死にすれ違う人たちと目を合わせてはにっこり微笑む。
それにしても本当に時代劇の中にいるみたいだ。
はた、
とひとりの青年と目が合って、見られてると感じた私はこれでもかと言わんばかりの営業スマイルで「どうですかー」と彼に向かって声を掛ける。
それに気づいた青年は少しうろたえたように、目線を逸らしたが気になるのか屋台の方へ向かって来た。
隣の山崎さんがグッジョブ!と目配せをしたので、伊達に接客業してませんからと一息つく。
「…そばはないのか」
「ごめんなさい、うどんだけなんです」
そう言うと、青年はそうか、と私の方へ視線を落とした。
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