第3章 濡れ衣大明神
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いきなり現れたたっちゃんに、お義母さんは「あなたは!」と声を上げる。
私もまさかこんなところに押し入ってくるとは思ってなかったので、驚いたけど今はそんなことどうでもよくて、今すぐにここから去りたい気持ちでいっぱいだった。
「どいて」
「いかん」
確かにあなたのお陰で、私はこうしてお義母さんのもとへ自ら赴き、話をしようとした。
けど、お義母さんは私の言葉を聞かずに一蹴して、無下にする。
まぁ理由なんて聞かれたところで、話せるようなことでもなかったんだけどね…
もう止めたいよ、しんどいもん。
帰りたいよ、自分の家に。
お母さんとお父さんに会いたいよ…
「…もう無理だって…」
逃げ道を阻んだたっちゃんの前で、力なく座り込む。
彼に会ってから、本当に変だ。
ここで頑張ってみようと思ったり、それとは裏腹に抑えていた郷愁がどっと溢れてきて、こんなところで弱音を吐いてもどうにかなるわけでもないのに泣き崩れちゃったり。
私の事情を知ってたトオリさんにはこんな姿見せたくなかった、負ける気がしたから。
これまで必死に隠してきた自分の心の弱さを、自分で認めたくなかったから。
そんなことしちゃったら、私は─────
「ひとつ、ええ話があるき」
「……なにを、言って」
いきなり涙を流して泣き言を吐いた私にも、たっちゃんのその突拍子もない言葉にも、どちらにも驚いたお義母さんが額に汗を流しながら口を開く。
だけどたっちゃんはそんなことはお構いなしに、私の手を取ると強引に立ち上がらせた。
「───その襲名披露に、わしも行く」
「…!」
「は、はぁ…?」
本当に何を言ってるんだこの人は…
今日で帰るんじゃなかったの?女中さんが噂をしていた。
たっちゃんは土佐の藩士で、それこそ町を歩いている武士よりも偉いお人だって。
誰かに会いに、江戸に来たんじゃないの?
私なんかのために、やめてよ…
とめどなく溢れてくる涙で、段々と視界が見えなくなっていく。
私より驚いた顔のお義母さんは、目を大きく見開いてたっちゃんを凝視する。
「襲名披露ちゅうたら、何かしらの試合があるはずちや。そこでわしがその道場の塾頭から一本取ったる」
「ほいじゃあ、阿古はその道場へいつでも行ってええゆうことにせんか?」
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