第3章 濡れ衣大明神
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そんな聖くんの目を気にすることなく、その人は傍に用意されたお酒の瓶を次々と空にしていく。
私は大学生だが、まだ未成年なので誘われたお酒は断ったが聖くんは成人しているので、無理やり飲まされそうになって止めに入った。
(すごく笑う人だな…こんな愉快に笑う人久しぶりに見たかも)
お酒を注ぎながら、隣で笑う彼を見る。
こんな笑顔を見るのは、いつぶりだろうか。現代では、まずなかったかもしれない、こんな楽しそうに笑う人───
「そぉや、名前!言っちょらんかったの」
「…たっちゃん」
────あっ。
しまった、と驚いてこちらを見た彼から慌てて目を逸らす。
つい呼んでみたくなって、気づいたら口に出してしまっていた…恥ずかしい。
「…それでええ!たっちゃん、たっちゃんでええきに!」
一瞬空いた間をすぐに埋めるように、先ほどと変わらない真っ赤な笑顔で目のしわを増やしたたっちゃんは私の背中を遠慮なしにバシバシ叩く。
「貴様ー!!」という聖くんの叫び声が聞こえてきたが、なんだか私も彼の空気に呑まれてしまい「あはは」と口を開けて笑った。
目の端で、驚いた聖くんの顔が見える。
私がこの家に来てこんなに自然と笑ったのは、多分これが初めてで、聖くんにさえこんな顔を見せたことはなかったから…けど今は自分が阿古さんの成り代わりだということも忘れて、ただ笑った。
こんな人がこの時代にいるなんて思ってなかったな。
みんながこの人みたいに笑えば、大抵なんでも上手くいくんじゃないだろうか。
─────その夜の宴を、多分私は忘れることはないのだろう。
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明け方。
隣の部屋で大きないびきをかきながら寝ているたっちゃんを起こさないように、聖くんと二人散らかった部屋を片付けていた。
なんだろう、全然眠気がこない私は従者である聖くんよりもせっせとごみをかき集めてゆく。
レポートでオールした時よりも、年末のデ●ズニ―ランドでオールした時よりも気分がすっきりしてて、今すぐに町を走り回りたい気分だ。
そんな私を落ちそうな眼で見つめながら、聖くんは口を開く。
「…なんだか、変わりましたね」
「え?そうかな」
「……いえ、忘れてください」
聖くんのどこか青っぽい瞳が、顔を出した朝日に照らされた。
もうじき朝が来る────
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