第3章 濡れ衣大明神
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「何も知らないのに、どうしてそんなことが言えるんですか!!」
思わず飛び出た言葉に、自分でも驚いていた。
──────私だって本当は何も知らない。
何もわかっていないくせして、もうすでにみつさんやあの道場の人たちを心のどこかで親しく思ってしまっていたことに、ようやく気がついたのだ。
ここに来て初めての私の反論に、お義母さんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で目を見開いていた。
そして、気を取り戻したようにいつもの澄ました表情に戻ると言いづらそうに目を伏せる。
「───それは」
と、
彼女が何かを言いかけた時、それを遮るようにして下の方から「ドカーン!」と、まるでコロ●ロコミックの漫画のようなとんでもない爆音が聞こえてきて思わず耳を塞いだ。
立ち上がったお義母さんが、「何事ですか!?」と慌てた様子で部屋の襖を開けると、同じように慌てた女中さんがしどろもどろになりながら必死に何かを彼女に伝えている。
(えっえっ何!?爆発音みたいな音聞こえたけど!死!?)
地震とかだったらどうしよう、この時代の地震って対策のしようがないんじゃ…と辺りを見渡していると、窓の外から数人の言い争いのうような声が聞こえてきた。
──────(うわうわ何?)
窓の障子を開けて目に入ったのは、この家の門の前で荷車を押した数人の男性たちが互いに睨み合っているなんとも珍妙な光景だった。
よく目を凝らすと、その内の一台はうちの家の門に衝突したのか、酷く歪んでいる。
喧嘩をしているのか両者は互いに取っ組み合いになり、うちの従者が止めに入る声も聞こえていないようで、辺りは大惨事だ。
こういうのって傍から見てたらワクワクしちゃうけど、今は当事者なんだよなぁ…と、その光景を眺めている内にどうなっているのかという好奇心が勝り、襖を開けてすたこらさっさと階段を下りていく。
「あ、阿古様!」
「ちょっと見て来るだけ!」
途中廊下ですれ違った聖くんの声をくぐり抜け、玄関へと向かうと、何人もの従者さんたちがどうしたものかと首をひねっていた。
この家の門に大きな傷をつけたにも関わらず、その商人らしき人たちはこちらのことを気にも留めずにまだ言い争いを続けている。
これには流石のお義母さんも、ただそれを見ていることしかできないようだった。
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