第2章 垢をください
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全力で駆けて来たその人は、私の姿を見るや否や「ご無事でよかった…」と絞り出すようにして言った。
変な人っぽいけど、悪い人ではなさそうだ。
本当に心から慈しむようなその声音に、この人にとって阿古さんがどれだけ大切な存在なのかが伝わってくる。
ああ、本当に申し訳ないな。私は彼女じゃないから、こんな心配される必要はないのに…。
もしここで私の事情を話せば、この人はわかってくれるだろうか。
そんな一種の”逃げ”の考えがよぎった時、目の前の彼が後ろから走って来た従者らしき人たちに向かいパンパンと手を叩く。
「駕籠を!」
彼の一言で、私の前に時代劇でよくお姫様が乗せられているような大きな籠が置かれた。
まさか、私がこれに乗るのか?
けどこうやって用意される感じ、本当にどこかのお姫様になったみたいでちょっと嬉しいな。
もしかして、阿古さんはどこかのお姫様だったりするのか!?
それで自由の身になるために姿形そっくりな私を…あり得るな。というかそれが一番テンプレかぁ。
そうこう考えていると、私の前にさっきの彼が跪き労わるようにして私の足に触れた。
急に触られたものだから思わず「ヒッ」と声を出してしまったが、すぐさま口元を押さえたので多分セーフ。
「こんな泥まみれになって…おいたわしい」
懐から出した竹で出来た水筒みたいなものを開けると、私の草履を器用に脱がせて水をかけ、もう片方の手で泥をふき取ってくれた。
さっきまで本当のあなたの主人とあなたから逃げ回っていたから、こうなったんだけどね。
それにしてもこんなお世話をされたことないから、緊張しちゃうな。
この人、顔は結構悪くな…いや普通にかっこいいよね。現代だったら俳優にいそう。
って、そうだこの人も役者さんなんだった。かっこいいのは当たり前かぁ。
「さぁ、阿古様」
うーん、複雑だぁ…
まあこの人も周りの従者の人たちも、わかった上で私をこの籠みたいなのに乗せてくれるんだろうし。
せっかくの機会だし、楽しんじゃおうかな。
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「おええええええええええええええ」
「阿古様!お気を確かに!」
楽しむばかりか、道中めちゃくちゃに酔ってしまったのはまた別の話。
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