第1章 いらっしゃいませ月山さん。
「てめェ月山ッ!とっとと帰りやがれッ!」
"あんていく"に入ると同時にカネキくぅんっ、と叫び両手を広げて僕に迫ってきた月山さんにトーカちゃんが鋭く蹴りを入れた。
最近月山さんが僕によく近づいてくる。どうせ理由は僕が美味しそうだから、油断した所を喰べるつもりで居るんだろう。
「ンン、今日も良い蹴りだね」
バキッ、と脚を蹴られた月山さんは少し顔をしかめただけでびくともしない。トーカちゃんの蹴りを受けて平然と出来るのはこの人くらいだろう。
「えっと...こ、こんにちは月山さん、何か用ですか?」
取り合えず話し掛けてみる。トーカちゃんが止めろとでも言うように僕を睨み付けたのは見なかった事にして、背の高い彼の整った顔を見上げる。
「ただ会いに来ただけだ、じゃ駄目かな?」
ふっ、と微笑みを浮かべて僕を見つめる瞳は優しい。その微笑みに心を許したくなる。彼だったら僕を大切にしてくれるんじゃないか、とか彼だったら毎回美味しい食事を用意してくれて、もう店長に迷惑掛けなくてすむんじゃないか、とか...
「おい、カネキ...?」
僕がぼーっとしているのを心配したのかトーカちゃんが声を掛けてくる。その声で我に返った。僕は何を考えていたんだろう。月山さんはただ僕を喰べる為に追いかけて来るだけなのに、何を期待していたんだろう...
「何でも無いよ、トーカちゃん。...月山さん、珈琲飲まないなら帰って下さい。」
心配そうに覗き込んでくるトーカちゃんに微笑んでみせ、月山さんにわざと冷たく言い放つ。彼は少し淋しそうに眉を下げて窓際の席に座った。
「...珈琲、君が淹れてくれないか?」
そっと僕を見上げる月山さんを無視してカウンターに戻る。後はトーカちゃんが何とかしてくれるだろう。まかせた、トーカちゃん。でもやっぱり少し気になってちらっとそちらを見ると月山さんとトーカちゃんが何かを話していた。トーカちゃんは眉を寄せて、月山さんは何処か深刻な話でもするような表情で。何を話してるんだろう...。僕も会話に混ざりたい、とついつい思ってしまう。