第4章 【復帰作品】帰る場所/黒子テツヤ
「…よし。帰ろう」
空っぽの部屋を見渡し、ここで過ごした5年と数ヶ月のことをふと思い返す。
5年。あの家に帰りたいと、会いたいと、何度も思った。そう思う日々は本当に長くて、とても苦しかった。それでもなんとかやっていけたのは、ずっと待っていてくれているあの人がいたからだ。あの人が待つ家に少しでも早く帰るために、私は今日まで頑張ってきたんだ。
「…長いと思っていたけど、実際過ごしてみるとあっという間だったなぁ…」
それじゃあ、ともう随分見慣れた部屋に別れを告げ、私は歩き出した。
「…って、雨降ってるし…」
無事に東京に着いた私は空を見上げてため息をついた。
空港からはそう遠くないので、のんびり歩いてもいいなと思っていたが、この天気でこの荷物を持って歩くのは少々気が引ける。仕方ない、とタクシーを探すが既に利用されているのか1台も見当たらない。タクシーを待つ間カフェにいると帰る時間が遅くなる。そうしたらきっと、あの人は心配するだろう。
数秒でそう考えた私が辿り着いた答えは、
「…待たせるくらいなら濡れたほうがマシ」
意を決して、持っていた折りたたみ傘を開く。
彼が持たせてくれたこの傘を開くのは何度目だろう。
開く度に、日本を発つ前のことを思い出す。
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『どうぞ』
『え…折りたたみ傘…?』
『君は荷物ばかり守って、自分は濡れてしまうでしょう?いつも僕が大きな傘に入れてあげていましたが、しばらくはそれが出来ません』
『あ…』
『ですから、この傘が僕の代わりです。これでちゃんと雨から自分を守ってください』
『わ、わかった』
『…風邪、ひかないでくださいね』
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普通より少し大きめのこの折りたたみ傘は、彼の願いどおり私を雨から守ってくれた。その度に、彼に守られているような気になって「ありがとう」とコッソリ呟いていたりした。
思い出せば少し恥ずかしい気もするが。
今日だけは、少しくらい濡れてもいいでしょう?
早く、少しでも早く、あなたに会いたいのだから。