第5章 16:48 ”菅原考支”は魅せられる。【全年齢】
B:side
自分は教師には向いてない。
ここ最近そんな事ばかり考えていた。
うまくいかない事ばかりで、器用に立ち回れなくて、勝手に苦しくなって嫌になっていく。
テスト期間は部活がないから、テストの用意さえ出来ればいくらでも時間が作れて私は音楽室のピアノの前に腰を下ろした。
日中の教室と違って生徒たちの話し声はなく、音楽室は静まり返り、窓にぶつかる雨音だけが響いて、この場所に自分一人だけだという事にひどく安心した。
冷たく重い蓋をカタッと開けると、白と黒の鍵盤が規則正しく並び、そっと指先を鍵盤に置いて押すと、音が私を包んでくれる。
自分が鳴らすピアノの音と、雨の音がシンクロしていくのが気持ちがいい。
私が好きなラヴェルの水の戯れだ。
弾き終わりゆっくりと鍵盤から指を離し、窓際の方に視線をずらすと、アッシュグレーのサラリとした髪の生徒が頬杖をついて窓の外を見ていた。
太めの眉に、目元の黒子。白い肌が黒い学ランに映えて、彼の整った顔立ちを引き立てていた。
『あれ、確か菅原くん?』
「すみません!勝手に入っちゃって。」
「あの、、、今日の雨は先生が降らせてるんですか?」
菅原くんは不思議な事を言った。
太陽みたいにあったかい笑顔をはにかませた後、その澄んだ綺麗な目で私を捉えて、彼は私を好きだと言った。
大好きなピアノを弾いてる所を見られるなんて、まるで心の中を覗かれたみたいで気恥ずかしいのに、菅原くんはすっと私の心の中に入り込んできて、でも私を暴こうとせず、ただ寄り添うようにそこにいた。
放課後のせいだろうか。
彼をまるで一人の男性みたいに見てしまっている自分に少しの罪悪感を抱きつつも、私はドキドキと鼓動が早くなるのを感じた。
ねぇ、君はなんでこんな私を
好きだなんて言ってくれるの?
自分が自分を大嫌いだっていうのに。
誰かがそんな私を見ていてくれているなんて。
彼のまっすぐな視線に、胸が苦しくなる。
私は、彼の差し出した手を握り返してしまいたくなってしまう衝動をギュッと堪えるように、スカートの生地を握りしめた。
end.