第5章 16:48 ”菅原考支”は魅せられる。【全年齢】
A:side
雨は朝からずっと降り続き、校庭は湖みたいになって、色とりどりな傘がパレットに出した絵の具みたいに並んで下校していく。
ふりしきる雨に景色はぼやけて、張り付く空気は不快感を呼ぶ。
階段を駆け上がって、教室に向かって足を進めると、廊下の一番奥からピアノの音が聞こえてきて俺は耳を澄ました。
歩くに連れて音はメロディになり、俺は忘れ物を取りに来たはずの教室を通り過ぎ、音楽室の前に立っていた。
水滴の様な音の粒が、音楽室のドアからこぼれ出す。
何かの有名な曲なんだろうか。
自分はまるで音楽の知識はないけど、誘われるようにドアから中を覗く。
「あ、、、、、。」
体を揺らしてピアノを奏でるその人は、隣のクラスの担任で、音楽の授業の先生だった。
俺が密かに想い続けている人。
ドアをそっと開けて、足を踏み入れる。
するとそこはまるで雨が降っているように、色とりどりの音の粒が雨粒みたいにメロディになって降ってきて、俺は一瞬で彼女の作り出した世界に迷い込んだ様な不思議な感覚を覚えた。
先生が奏でるピアノは、学校行事なんかでよく聴くけど、校歌とか仰げば尊し以外の曲を弾いているのを俺は初めて聴く。そのせいだか、彼女がまるで違った世界にいる人みたいに見えて、俺の心臓はドキドキと高鳴った。
俺に気付く気配もなく、ピアノを鳴らし続ける先生。体を揺らすたびに黒い艶やかな髪が揺れて、細い指は器用に鍵盤を弾く。俺は窓際の椅子に座って彼女がピアノに没頭する姿を見つめていた。
彼女が奏でるこの曲は不思議と雨に合っているような気がする。なぜだかわからないけど、雨の音と溶け合うように調和して、どんよりとした景色を一気に一枚の絵画に見せるようなそんな力があるように思った。
『あれ、確か菅原くん?』
鍵盤から指を離した瞬間、雨の音がし始める。
「あの、、、今日の雨は先生が降らせてるんですか?」