第1章 おはなし1
「千尋ちゃん、紅茶を入れてきたよ」
控えめなノックと共に、ななしの朗らかな声がした。僕はドアの鍵を外してななしに笑顔を見せる。
「いつもありがとう。さあ入ってよ」
ななしの入れてくれる紅茶は格別だ。カップを近づけるとふんわりと香る茶葉。猫舌な僕を気遣ってくれる適した温度。
「ななしちゃんの紅茶は美味しいよ」
「そう?こんな事態になっているんだもの。千尋ちゃんが少しでも紅茶で穏やかになったならいいな」
ななしの言うとおり、優雅なティータイムとは程遠い状況下に僕達はいる。絶望の学園に閉じ込められた上に、殺人による犠牲者が出ている。モノクマのやり口は酷く残忍だ。僕は何かが起きる度に震え上がる。でもななしが側にいると不思議と安心する。ななしが僕に笑顔を向けてくれると、嫌なことを忘れられるような気がする。
「もうななしちゃん、二人きりのときの約束忘れたの?」
優しいななしに対して、僕は膨れっ面をする。
「あ、そうだった。つい癖がぬけなくて・・・」
「千尋くん」
ななしの言葉に心臓が高なった。
「えへへ、まだ慣れないな・・・」
僕はそう言って紅潮した顔を隠すように、カップに口をつける。