第35章 その歯車は彼の左手が回す。(牛島若利)
中等部の頃から有名人だった彼が自分と同じ左利きだと聞いた時は、底無し沼から救い出された様なそんな気持ちになった。
名前は早い内から知っていた。
牛島若利。
強豪で知られる白鳥沢バレー部のエースなのだと。
最初は、ああなりたい。そんな感情だった。
それが次第に焦がれる様な想いに変わっていった。
「まだ左手で書いてるの?早く右に慣れなさい」
「どうしてちゃんは左手を使うの?みんなと違うの?」
それこそ幼い頃から私を底無し沼へ押し沈めようとしていた言葉達を彼のバレーは一刀両断したのだ。
初めて見たあの瞬間の感動を私は一生忘れないと思う。
その感動を思い出しながら、私は今日もバレー部の試合へと足を運ぶ。
例え彼が私に気付いてなくても良い。
彼のバレーは確かに私を救い出してくれたんだから。
王者、白鳥沢。
その名に相応しく堂々としている牛島くんを今日も私は応援席の隅、決まってこの場所から見つめていた。