第3章 Candy Rain
眼鏡のレンズが濡れるから雨は嫌だと言ったあの人が、
目の前で雨に打たれている。
それは自らが望んだようにして。
眼鏡のレンズを打ち付ける雨粒を気にすることもなく、
あの人は天を仰いでいた。
その姿はまるで自分を責めているように見えて、
私の胸は締め付けられるように苦しくなった。
雨に濡れるあの人へ傘を差し出そうと一歩踏み出そうとした時。
「翔一先輩!!」
タオルを持った女の子が傘を差してあの人に駆け寄った。
「ああ、どないしたん?」
「身体冷やしちゃいますよ!!」
「せやな。おおきに。」
あの人は女の子が差し出したタオルを笑顔で受け取ると、
頭から滴り落ちる雫を拭ってから優しく微笑んだ。
嘗ては私に触れていたあの大きな手で、
女の子の頭をポンポンとする仕草に胸が軋んだ。
分かっている。
学年が一つ下の女の子。
あの人の彼女だと言う噂はとっくの昔に耳にした。
彼女が手にしていた傘の柄を、あの人はさりげなく手に取った。
二人肩を並べてこちらへ歩いてくるその姿は仲睦まじい。
私とすれ違う一歩手前であの人は私の存在に気付いた。
ほんの一瞬目が合うと、何か言いたげな口元をキュッと結んで目を伏せた。
私の横を通り過ぎる時。
微かに触れた指先。
そこから伝わる体温は紛れもなくあの人のもの。
触れ合った指先が熱くなる。
手を伸ばせば届くというのに。
決して届くことがないもどかしい距離が、
今のあの人と私の距離。