第9章 記憶の中に @ 岩泉一×β
「…わかったよ。」
幸せになれよだなんて、絶対に言いたくなかった。
素直に気持ちを伝えたかった。
だがもうそれは手遅れな気がした。
辛そうな表情の遙の頭を撫でる。
「こうやって撫でるのも、最後だからな。」
『それって…どういう…』
「身体だけの関係は、セフレの関係はもう終わりだ。じゃあな。」
『一ちゃん…?』
引き止められる前に遙の目の前を去る。
建物の陰に入って、後ろを振り返り、遙がつけてきていないことを確認する。
静かに溢れ出る涙が、行き場のない嗚咽が、岩泉を突如襲う。
その時岩泉は、遙が自分の手の届かないところへ行ってしまうのがこんなに辛いのかと気づいた。
しかしそれは、もう手遅れだった。
さようなら、愛しい人。
貴方の記憶の中に、少しでも俺の存在が残っていますように。
そしてどうか、俺の見えないところで、幸せになってくれ。