第17章 コンプレックス×ロマンス【矢巾秀】
「ーー矢巾くんが倒れたのはちょっと疲れてたからみたいだから…もう少し寝てる?」
「いえ、大丈夫です」
「本当?私、矢巾くんといるとどうしてもお喋りしちゃうから…」
「そうですか?」
「うん。矢巾くんは…居心地がいいの」
「……」
その理由を深く聞いてもいいですか。
と尋ねる代わりに、
「…俺もです、美咲先輩」
と答える。
俺と先輩は目を合わせて笑いあった。
ーーこの人は他人のものなのだと分かっていても、こんなにもこの時間は穏やかで、ほんのりと甘い。
この人の居心地のいい場所でいるために、俺はこの気持ちを他のものに塗り替えよう。
そう、これは恋心ではないと。
消すことはできなくとも、そう思い込んで、自分を誤魔化そう。
あなたが、居心地のいい場所を失わないように。
俺が、貴女といる理由を持てるために。
俺は、及川さんが持っていないものを、俺でしか持てないものを、一つ手に入れた気がした。
「コンプレックス×ロマンス」終わり