第7章 優しさを君に
廊下を歩いていると何処からか手を掴まれて、無言の足止めを感じた。
触れる手のひらから伝わる体温は俺がよく知っている体温。
その手の引き寄せに抗うことなく吸い寄せられれば、引き込まれたのは学年会議室。
「アンタ何やってんだよ。」
「あのね…お弁当作ってきたの。」
「へぇ…それは楽しみだな。」
口の端を片方だけ吊り上げると、俺は指先でソイツの細い顎をなぞった。
「俺に食べて欲しいのは弁当だけか?」
顔を真っ赤にして困った様に眉を八の字にするとソイツはドンっと俺の胸を叩いた。
その腕を掴んで顔をズイっと近付ける。
「力で俺に敵うわけないってまだ分かんねぇーの?センセイ。」
“センセイ”という敬称を強調するとはあからさまに嫌そうな顔をした。
クツクツと喉を鳴らすように笑えば、その顔はより一層不機嫌さを増す。
「そうやってご機嫌ナナメなアンタも可愛いよな。」
「先生をからかわないでください!」
「は? このタイミングで“センセイ”ってオカシイだろ。」
「いーの!根武谷君イジワルだから。」
「俺がイジワルなんじゃなくて、センセイがイジワルさせてんだけど?」
俺の目線と同じ高さになるように腰のずっと下の方から抱きかかえる。
「ちょ…!!下ろしてよっ!!」
「そんなに大きい声だしたらバレんじゃねぇーの?」
言葉に詰まったが真っ赤な顔で愛も変わらず睨んでくる。
なんだかな…先生のクセに全然子供っぽいんだよな。
「センセイ?一緒にメシ食おうか?」
「無理…だもん。」
「なんで?」
「だって…二人で居れる場所…無い。」
本当に残念そうに俯く姿が可愛くて俺はガマンが出来そうにない。
「そんな可愛いカオすんなよ。襲いたくなるって。」
「もう!」
「なんだよ?」
「ここ学校なんですけど!」
「だから?」
「私は先生なんだから…」
今度は泣きそうなカオをする。
「泣くなよ。少しイジワル言っただけだろ。」
「イジワル過ぎる。…キライ。」
「俺は好きだけど? 子供っぽいセンセイも。オトナのカオしてるセンセイも。」
「私も…好き。」
消え入りそうな声はしっかり届いてる。だけど、俺はもう一度その言葉を聞きたい。
「聞こえねぇーよ。」
「私も…好き。」
「誰の事か分かんねぇよ。」
「永吉が好き。」
“良くできました”
俺はセンセイにキスをした。