第57章 【外伝 副主将の独り言】
やっとあの子がわかった気がする。教室に戻る道すがら男子排球部副主将、菅原孝支は少し後悔を引きずりながらもそんな事を考えていた。後悔の方はあれだ、心配した故とはいえ縁下美沙を泣かせてしまったことだ。これについては後輩であり美沙の義兄である縁下力に何と言い訳したものかと思うがもう一つ菅原は思っていた。俺は今まで縁下美沙ちゃんをわかってなかったんだ。
そもそも菅原があの現場にでくわしたのはお手洗いに行ってから廊下がゴチャゴチャしだしたので少し遠回りをして教室に戻ろうとしていた為だった。人気のない側の階段を上ろうとしている時に聞こえたのは縁下美沙の声である。
「君の気が晴れるなら好きにしてくれ。」
標準語だった。見上げれば誰かが美沙の襟を掴み階段きわまで押しやっている。え、と思った時はもう遅い。美沙の体は落下を始めた。落とした本人とは一瞬目があった。菅原は本能的に受け止めようと思い手を伸ばした。美沙が首を無理矢理捻ってこちらを見る。あとは本当に一瞬で事は進んだ。気づけば美沙が倒れて手すりにぶら下がるという事態になった。
「美沙、ちゃん。」
菅原は固まるしかなかった。その間にも縁下美沙は手すりを掴みながら無理矢理体を起こす。起こすまでの過程がちょっと蜘蛛みたいだと菅原は思ったが阿呆な事を考えている場合じゃないと思い直す。
今のは俺が間に合わなかったんじゃない、あの子わざとやったんだ。やがて一度階段を上りきってもう一度降りてきた美沙はそのまま菅原をスルーして去ろうとした。ちょっと待てよと思った。なんで何もありませんでしたみたいな顔して行こうとしてるんだ。なんで痛いとか辛いとか言わないんだ。言ったって俺は不思議に思わないし知ってる奴だって誰も責めないのに。
思わず美沙のぶつけていない方の肩を掴んで止めた。意図せず片腕で美沙を抱いた形になる。正直ギクリとした。細っこいのはわかっていたが掴んだ肩の骨はあまりに小さい。縁下力に配慮してなるべく美沙には触らないようにしていたから知らなかった。力が美沙が壊れるなどと心配するはずである。美沙を捕まえた菅原は何があったか尋ねた。