第56章 【落ちる未遂】

捨て子の薬丸とは烏野に来るまでよく言われていたがそれを何故目の前の相手が知っているのか。

「捨て子が何たらはよく言われてたけどどこから聞いたんだ。それに今関係ないと思う。あと、」

これはもはや地雷だとわかってはいたが美沙は言わずにおれなかった。

「あの時階段から私を落としたのは君だったんだな。落としてどうするつもりだったんだ、それで私が消えて無くなる訳じゃないしもしもの話、及川さんが知ったら間違いなく良い顔しないと思うんだが。」

相手は案の定爆発した。キモオタの癖に正論を吐くなと言われ制服の襟首を掴まれる。

「があっ。」

美沙は呻くが相手は止まらない。思うより強い力で押されて足元がずりずりと移動していく。踏ん張りがきかずふと気づけば背後には階段がもう迫っていた。

「言い過ぎたのはごめん。」

美沙は呟いたが相手はうるさいと言い、後もう一押しで美沙が落ちるくらいのところまで追い詰める。こらもうアカンと美沙は思った。

「君の気が晴れるなら好きにしてくれ。」

女子はその通りにした。美沙の襟を離しその体を押す。ぐらっと背中から倒れる感覚、その一瞬美沙には女子が自分より向こうに目をやり、その目を見開いているのが見えた。首を捻ったら視線の先に上がってこようとする菅原がいる。状況に気づいたらしき菅原は美沙に向かって手を伸ばしてきた。受け止めるつもりなのだろう。だが美沙は思う、それをさせる訳には行かないと。
菅原先輩アカンっと叫びたくても出来ないくらいの一瞬の出来事、しかしその一瞬の間に縁下美沙は階段を蹴ってよろけた体を無理矢理横に倒した。そのまま片腕と片方の肩を階段の角で思い切り打つ。
衝撃と痛みで目の中に星が飛んだ気がしたが構わずまた無理矢理体を捻りその細っこい片腕を目一杯伸ばして手すりを引っ掴んだ。