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君に十進法

第13章 一点もの




「っ!!ちょ、ちょっと待って!」

『…?』

そのまましばらく抱き合う形で互いの想いを受けとめていたとき、唐突に椎が声をあげた。

「あの…なんか今更、なんだけど…」

いつも以上に歯切れの悪い彼をじっと見つめ直す。

「その…さっきの人と、お付き合い…してるんだよね?」

『…………っえぇ!?な、なんで!!』


その後、椎に事の経緯を説明した。なんとなく話さない方が良いかとは思ったが、今日店であったこともつい話してしまった。

一人で全て抱え込めず、彼に頼ってしまう弱い自分に嫌悪感を抱く。隠し事はよくないとかいう言い訳に乗じて、全部吐き出し、自分が楽になりたいだけなのだ。

(やっぱり話すべきじゃなかったよね…幻滅、されたかな。)

不安に押しつぶされそうになり、つい隣に座る彼の顔を盗み見る。

「…よかった。」

『へ…?』

予想に反した彼の反応に間抜けな声が出る。

『…幻滅、した?』

「なんで…そうなるの?話してくれて嬉かったよ、俺は。」

そうだ。彼はこういう人だった。私の全てを素直に受け入れてくれる優しい人。時々、眩しすぎる彼から目を背けたくなるほどに。

「ま、俺の方が…キスは先だし。」

『?…ごめん、聞こえなかった。なんて言った?』

「な、なんでもないなんでもない。あ、ご…ごはん温めなくちゃね。」

すでにキッチンへと向かっている彼を無理に引き止めようとは思わないが、しどろもどろな様子は少し気になる。

少し目線を上げると、エプロン姿の彼が目に入る。フライパン片手に立つ彼はいつもと同じはずなのに、なぜか頬に熱を感じる。

(わ…なんか、恥ずかしい。)

いつもと違う自分に動揺しつつも、明日からまた椎といられる喜びを感じ、彼のもとへ駆け寄る。

『なにか手伝うよ?』

「ん、ありがと。」

こんな微笑みにさえ敏感に反応してしまう私は、もうとっくに彼に魅入られていたのだろう。

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