第12章 可惜もの
午前6時半。いつもよりかなり早く目が覚めた。今日は宮瀬さんがお店にくる日、計画を実行する日だ。
隼斗くんとの打合せもバッチリ。仕事後にデートに行くという設定だ。身支度にも普段より時間をかけた。私に攻め入る隙はない。
鏡でもう一度自分の格好を確認する。仕事場ではめったに着飾ることなどないが、これも計画のうちだ。
(なんか、ほんとにデートに行くみたい。)
久々に身につけたフレアスカートの裾を持ち上げてみる。なかなかに似合っているのではと自信過剰になる。
社会人になってからというもの、デートなどする暇がなかったため、着飾った自分の姿に少しくらい酔わせてほしい。
「絵夢ーごはんできた…。」
扉の向こうから椎の声がする。今日少しだけ早く家を出る私に合わせて、彼も一緒に家を出るという。
あの日、彼が私の手を払った日から一週間が経つが、特に私が心配するようなことは起こっていない。様子が変に見えたのは私の気のせいだったのだろう。
『はーい、今いく!』
ベッドの上に置いてあったカバンと携帯を手にとって部屋を出る。
彼にも自分が着飾った姿を見てほしくて、似合うという一言がほしくて、早く早くと気持ちがはやる。
『わっ!!』
「っ!?」
配膳をしていた彼の背後からそっと近寄り、背伸びをして目隠しをする。
あまりにも動揺していたため、目隠しはすぐに解いてやった。何事かと彼がこちらを振り返る。
「…どうしたの。その格好…。」
『どう?いい感じじゃない?』
予想通り、彼は私のいつもと違う姿に驚いているようだ。きっと、今見開かれている目はすぐに細められて、その唇からは私の求める言葉が紡がれるのだろう。
「…なんで…。今日、仕事じゃ…ないの?」
『え?…あ、うん。仕事だけど…ちょっとね。』
違った。私の予想は大きく外れたのだ。照れているのかとも思ったが、彼の表情からしてそれもない。
彼なら素直に似合うと言ってくれると思っていたが、自惚れていたようだ。
「…帰りは、遅いの?」
『いや、いつも通りに…帰るよ。』
「そう…。」
彼はそのまま、配膳途中だった料理へと向き直った。私は一瞬うろたえたが、負けじと食い下がる。
彼は私の目を見なかった。なんとか私の目を見てほしい。もう一度、そのきれいな宝石に私を映し出してほしい。