第11章 寛闊もの
(…泣いてちゃ、ダメだ。)
椎は、瞳から溢れた涙を袖で拭う。できる限り普通に振る舞おう、そう決めたのだ。
自分は何も聞いていない。そう思い込むことでしか、彼は自分を保っていられなかった。
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_______________プツッ
『んんんーやった!隼斗くんに恋人役頼めたし、宮瀬さんには話したいことあるからお店に来てって連絡入れたし!』
これでなんとかなるだろうと、先ほどの不安はどこかへ消え去ったように清々しい気持ちだ。
宮瀬さんに話す際、どうせ店で話すのなら隼斗くんが適任だと思った。始めは渋っていたが、どうしてもとお願いするとなんとか受け入れてくれた。
(はー、安心したらお腹すいてきちゃった。今日のおかずなんだろ。)
_______________ガチャ
扉を開けると、なぜか洗面所から椎が出てきた。前髪が少し濡れていることから顔でも洗っていたのだろう。
『どうしたの?顔、洗ってたの??』
「うん、ちょっとね。夕飯作ってたら…汗かいた。」
汗をかいたと言う割に彼の顔色はあまり良くない。よく見ると、目元も少し腫れているような気がする。
『椎…大丈夫?具合悪いんだったら、少し休んだ方が_________』
_______________パシッ
『え…?』
「あ…っ!!」
熱を計ろうと彼の額に伸ばした手は、そこへとたどり着く前に払い落とされた。
払い落とした本人も、なぜか目を見開き、驚いている。
「ご、ごめんっ…ほら、早く…夕飯食べよ…。」
『あ…うん。』
何か彼の気に障るようなことをしてしまっただろうか。しかし、今日の彼に怒っているだとか機嫌が悪いだとかの素振りは特に見られない。
(…けど、目を合わせてくれない…。)
私はよくわからない彼の態度に疑念を抱きつつも、いつも通り食卓につくことにした。