第11章 寛闊もの
お彼岸が過ぎ、進級・進学シーズン目前の今の時期、美容室はどこも多忙極まりないだろう。
ここ『aspiration』も例外なく、予約の有無に限らずお客様でごった返している。
『えっと、宮瀬様いらっしゃいますか?』
待合席を見渡して、呼び慣れた名を口に出す。すると、細身で長身の、一際目を引く装いの男性が立ち上がり手を挙げる。
「はいはーい、いますよー。」
その見た目に反しない、軽薄そうな声と微笑み。初めて見たときはそんな不躾な印象は持たなかった。
「派手でオシャレな美人さん」程度に思っていた。しかし、彼が常連となるまで通い続けた結果、今の彼の人柄が私の中で形成された。
「久しぶり、絵夢ちゃん。相変わらずかわいいね。」
彼は宮瀬 恵愛(みやせ えい)。この店の常連だ。見ての通り軽薄という言葉がぴったりの男性だ。
見た目だけ見れば、そこらへんのモデルなど足元にも及ばないと思う。しかし、この性格だ。私は彼が苦手で仕方がない。
『ありがとうございます。一番奥の席におかけください。』
ほとんど棒読みで感謝の意を表し、指定の場所へと促す。
最初こそは毎回赤面していたものの数年も通われては慣れないはずがない。これは彼の挨拶のようなものだ。
「うっわー、いつになく冷たくない?久々のエイくんのご来店なのにー。」
『久々って、ついこの間もいらっしゃいましたよね?』
「そうだよ?2週間ぶりだよっ、久々でしょ!?』
彼はかなりの頻度でここを訪れる。女性客が多いこの店では、頻繁に来店する男性は珍しい。
それにしたって彼の頻繁の度合いは普通の男性と違いすぎる。
『まず、週一で美容院に通う感覚がおかしいと思いますので、そこから考え直していただけると幸いです。』
「絵夢ちゃんサラッと常連に毒吐くねー。ま、僕はツンデレでも何でもこいだけどね!」
バチッと音が鳴りそうなウインクを私に向けるが、そんなものいちいち気にしていられない。
彼は週一で美容院に通うという、異様な私生活を送っている。いや、ひどい時は週ニ回というときもある。
モデルや俳優など、人前に出る職業に就いているのならばまだわかるが、彼は一流企業の営業マンだ。