第10章 愛嬌もの
「そんなの…別にいい。俺が、かけたんだし。」
少し目元を赤くして、照れたように顔を背ける。一つ一つの仕草が可愛らしく、ペットを飼っている気分だ。
「……?なんか、いい匂い…する。」
『あっ!まだ朝ごはん作ってる途中だった!!』
バタバタと足音を立ててキッチンへと滑り込む。すでにほとんど出来上がっているが、これから最後の一品の盛りつけである。
「これ、スープ…?美味しそう…。」
『でしょ!って言っても味付けはコンソメの素入れた入れただけなんだけどね。』
しばらく一人暮らしをしていれば、ある程度料理はできるようになる。しかし、やはり朝は味より時短優先になってしまう。
毎日素晴らしい料理を振舞ってくれる彼の反応に、内心ドキドキである。
「…あー。」
『へ……?』
「あーん…」
彼が私の背後から顔をのぞかせ、口を開けている。これはつまり、そういうことだろうか。しばらく渋っていると、両肩に手を乗せ私と視線を合わせてくる。
「早く…ちょーだい。」
『…で、でも、これきっと熱いよ!』
「…小皿か何かにうつしてよ…。」
彼に引く気はないようだ。私は、自分の味見用にと出しておいた小皿を手にとり、少量のスープを注ぐ。
『…はい。』
「なんで、手渡し…。」
『いらないなら私が味見する。』
「まっ、待って待って…!」
キッパリと言い放つと、彼は私の動きを封じようと後ろから腰に手を回してきた。
ぎゅっ、と軽く力を入れられただけだが驚きのあまり固まってしまった。
「…なんか、今日…いじわるじゃない…?」
『別に、いつも…ど、通りだけど。』
まるで、昨日の私の真似事でもしているかのような口ぶりだ。極めて普通を装ったつもりだったが、明らかにしどろもどろな返答である。
「じゃあ、あー…」
少し横に体をずらして、再度口を開く彼に仕方なく小皿を傾ける。瞼を閉じて、こくりと喉を鳴らす。
私は体が固まって、動きがぎこちなくなりつつもなんとか小皿を落とさずに済んだ。
『もう…椎のせいで朝から疲れた。』
「俺は…元気、出た。ありがと。」