第4章 働きもの
午前7時30分。『aspiration(アスピラスィオン)』と書かれたドアには『closed』のドアプレートがかかっている。そのドアを押して、私は中に入る。
__________カランコロン…
『おはようございます!』
その言葉に反応し、一人の男性が奥から顔を覗かせる。
「あれ?絵夢ちゃん。今日は早いね。」
『ちょっと早く目が覚めちゃって。』
彼はこの美容院、『aspiration』の店長 楠木 将人(くすのき まさと)さんだ。35歳という若さでこの店を支えている、私の尊敬する人物の一人だ。
優しい物腰で腕も一流、目鼻立ちの整ったきれいな顔立ちときたら女性のお客様が放っておくはずがない。
「そうだ、もし手が空いてるなら、そこの段ボールから新しいヘアカタログ出しておいてもらえる?」
『あ…はい!あのマサさん、また古いヘアカタ持って帰ってもいいですか?』
「んー?もう使わないし、欲しいなら持っていっていいよ。」
『ありがとうございます!』
私はこうして、勉強のために新しいヘアカタログが届く度に古いものをもらって帰るのだ。新しいヘアカタログを眺めつつ、それらをブックシェルフに並べていると、
__________カランコロン
「はよーっす…って絵夢?早いなお前」
『あ!隼斗くんおはようございます。』
ふたつ年上の先輩 新田 隼斗(にった はやと)くんが、少し気だるそうに店に入ってきた。
先輩と言っても年齢が近く、兄気質で話しかけやすいため、店の中で一番多く言葉を交わすのは間違いなく彼だろう。
『見てください!新しいヘアカタです!すごく素敵です!!』
「おおっ俺も後で見とこー」
切れ長の目にスッと通った鼻筋という顔立ちとは裏腹に、彼は社交性に恵まれた性格の持ち主である。この性格のため、ついお客様との会話が盛り上がり接客時間が伸びてしまうことは珍しくない。
しかし、それを目当てに来店しているお客様も多いため特に問題にはなっていない。そんな彼と話す穏やかな時間を、私は密かに楽しみにしている。