第15章 小心もの
「旅行!?」
5月初めの連休も終わり、やっと普段の生活に戻りつつある休日の朝。お互いに仕事が休みのためソファでコーヒーをすすっていた。
『うん。マサさんが、連休明けて店も落ち着いてきたからみんなでどうかって。』
連休中、まともに休めなかった私たちを気づかってくれたのだろう。毎度のことながらマサさんには頭が上がらない。
行く気満々の私の隣では、明らかに落ち着きを失った椎が視線を泳がせている。
『…ダメ、かな?』
「だ、ダメではない!…けど、さ。その、お店の人…みんなで行くんだよね?」
『そーだよ?』
椎を一人にするのは些か心配ではあるが、今は椎もスマホを持っているから何かあっても連絡くらいはできるだろう。
それに旅行といっても一泊二日だ。せっかくのマサさんからのお誘いを断る理由は特に見当たらない。しかし、椎の表情は曇っている。
『なにか心配事とかある?一応連絡は常にとれるようにはするつもりだけど…』
「いや、心配事というか…その、旅行には…男の人もいるんだよな…って思って。」
椎には悪いがその言葉を聞いた私は、そんなことかと思ってしまった。確かに椎が心配するのもわからなくもないが、私に恋人がいることは周知の事実だ。
私は隣に座る少しだけ高い頭をそっと撫でる。
『大丈夫。椎が心配するようなことは一切ないから!』
「んむぅ…また、子どもをあやすみたいに…」
不満そうに声を漏らす椎だが、その頬は赤く染まっている。そして、大きく息を吸った後「わかった」といつもの笑みで言葉を返してきた。
「ああ、でもやっぱり…ちょっと心配。」
そう言いながら、私の頭を自分の方へと引き寄せる。私はそっと椎の胸に頭を預ける。
「俺、こーゆーところが子どもなのかな…本当はもっとスマートに送り出してあげたいけど…どーしても考えちゃう。」
恥ずかしさからか声が小さく、掠れている。
「だって、絵夢のこと…好きなんだもん、気になるよ。」
毎日犬のように戯れてくる椎から「好き」という気持ちは十分に伝わってくるが、やはり言葉にされると嬉しいもので思わず頬が緩む。
『私も椎のこと好き。』
「な、そんなことっ…誰も聞いてない!」
こうして、なんとか椎を丸めこみ私は一泊二日の温泉旅行へと旅立つことになったのだ。