第1章 Ⅰ おかえり
あれから月日は流れ、季節は冬になった
さすがに俺はもう泳いでいない
学校が終わって家に帰るその繰り返しだ
藤木ももう引退したようだ
帰りの下駄箱でたまに会うと一緒に帰ったりしている
今日もいつものように家に帰る
「あ…七瀬くん」
「藤木・・・」
並んだ影
他愛もない会話をしながら歩く
「あのね、七瀬くん…。あたし…」
藤木がふと足を止めた
「ドイツに留学することにしたんだ。」
「ドイツ…」
俺は頭のなかが真っ白になった
「いつまで・・?」
「一年間」
一年間…か…
がんばれよって言わなきゃ…でも言葉がうまく出せない
「がんばれよ」
やっと出せた一言
嘘だ。心のどこかで行くなって叫んでる
一緒の高校に行けたらいいなって思っていた自分が馬鹿らしくなってきた
藤木は新しいことに挑戦しようとしているんだ
それに比べて俺は・・・
「藤木!!」
「え?」
「藤木なら大丈夫だ、応援してるよ」
「・・・っ!ふっ…!」
突然藤木の目から涙がこぼれた
「ちょ…藤木!?」
「ほんとはね…自信なんか全然ない、このままここでずっと過ごしてたい・・・っ 、でも、でもあの日七瀬くんに励まされてから、あたしがんばろうって…思って・・・だからっ…だから…!」
ギュッ
「・・・・//!!!」
気がつくと俺は藤木を抱き締めていた
目の前で泣いている彼女を見ていたら体が自然に動いた
藤木は少しビックリしていたがゆっくりと俺を抱き締め返した
「なんか・・・七瀬くんに助けられてばっかだね、私。」
胸のなかで藤木が囁く
「俺はなんにも…」
「寂しいよ、七瀬くんと離れたくない・・・」
俺も同じだ…
その言葉は声に出さなかった
代わりに藤木を抱き締める力を強くした