第4章 彼女と3バカと鉄板焼き(ワールドトリガー/出水・米屋・緑川)
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「ホントにここでいいの?」
看板を見ながらなまえが尋ねると、隣に立っていた出水は「むしろここ以外考えらんねぇから」と語気を強めた。
「でも鉄板焼きって書いてるよ。バレンタイン関係ないよ?」
「こまけーこと気にすんなって。腹に入れば一緒だろ」
「流石に肉とチョコは一緒じゃないでしょ」
呆れながら出水を見た。たまたま偶然、通りがかったこの店から食欲を掻き立てる匂いが漂ってくる。ただそれだけが、彼を立ち止まらせた理由であった。
「や、ここは絶っ対旨いね」
店の佇まいを見定めた米屋も同意した。「俺のサイドエフェクトがそう言っている」
「よねやん先輩、それ、全然似てないから謝って」
駿が口を尖らせた。「っていうかもうお腹すいたから早く食べたい」
「じゃあ、本日の償いはここってことで」
反対意見が出なかったので、なまえも黙って頷いた。
「あれだな、ここはガチで穴場な予感がするな。俺はこの店に出会ってラッキーだった」
「ジャッジメントはまだ早いよ、出水」
「だってぜってーそうだって。あのスイーツショップが定休日でほんとよかった」
引き戸が開く。3人のあとに続いてなまえも店の暖簾をくぐった。一歩足を踏み入れると、ソースの匂い、スパイスの香り。肉の油が弾ける音。暖かみのあるオレンジ色の照明に、レトロだけど清潔感のある店内。第一印象は悪くない。
「4名で。禁煙席お願いします」
店員さんに米屋が告げると、幸福な予感に包まれる。さっきまでチョコの気分だったはずなのに、店の活気に後押しされて、なまえのテンションは高揚していく。
もしかしたら本当に、この店は当たりなのかも。
そう考えるだけで、自然に口元が緩んでいった。
「さー、がっつり食えよー。今日はなまえのおごりだからな」
「あざす!先輩!」
「ゴチになりまーす」
はしゃぐ男子に「ホワイトデーには3倍還元」と牽制すると、ぐっと3本の親指が立てられた。交渉成立。
満足してメニューを開けば、並ぶ写真に心が踊った。たまにはこんな日も悪くないな、と1人で密かに笑みを零す。
人生は不幸と偶然の連続である。だから行き当たりばったりを楽しんだって、きっと罰は当たらないだろう。
- おしまい -