第3章 双子の兄妹とフォンダンショコラ(ハイキュー!!/赤葦京治)
「京治、あたし、京治がいないとだめだ」
苦しそうに喘ぐ声がして、首の後ろに手が回される。「健康で文化的な最低限度の生活が維持できません」
「そこはちゃんと自活してください」
「京治は、一生懸命勉強して、良い仕事に就いて私を養って」
「それ、プロポーズ?」
尋ねると、返事はなかった。さっきのお返しとばかりに行き場のない左手をジャージの中に滑り込ませて、彼女の柔らかい腹部を撫でる。小さい甘い声が漏れた瞬間、1階から母親の声が聞こえてきた。
「なまえー?お風呂あいたわよー」
間延びした声。俺となまえの間の空間が一瞬無音になる。ほら、と軽くつついてやると、床に長い髪の毛を乱したままで、「はぁーい」といつもの生意気そうな声を出してみせた。
両親には絶対秘密。
お互い暗黙の了解だった。むしろ背徳感さえ興奮材料になるからたちが悪い。だけど、どんなに中途半端な状態でも、バレそうになったらすぐに止めなきゃいけない。もし俺がなまえを組み敷いているところを、心配性の母親が見てしまったら、きっとあまりのショックで寝込んでしまう事だろう。
「いいとこだったのに」
ぼんやりと呟くと、身体を起こしたなまえが後ろから抱きついてきた。
「お風呂から上がったら続き、いい?」
「泣いたってやめないからな」
突き放すようにそう言うと、なまえはにやりと笑って、「こっちの台詞」と言って部屋から出て行ってしまった。
流れるように波打つ黒髪。昨日よりもっと大人に見える。昨日よりもっと惹かれてしまう。だけど、どうしてだろう。好きになればなるほど、孤独を感じずにはいられない。
残された俺はひとり、熱の収まらない身体を持て余していた。どうしようかと考えていたら、机の上に置かれたスケッチブックが目に止まる。
フォンダンショコラを食べる自分。数分で書き上げた妙に抜け感のあるクロッキー。本当に自分はこんな表情をしていたのだろうか。
手を伸ばして紙をめくると、魔術師が無の空間に浮かんでいた。取り残されたようなローブの下。この人は、今どんな顔をしているのだろう。
- おしまい -