第3章 双子の兄妹とフォンダンショコラ(ハイキュー!!/赤葦京治)
宇宙空間に浮かぶ魔術師を見たことがあるだろうか。
あると答えた人はおめでとうございます。貴女は病院へ行った方がいい。
ないと答えた人はおめでとうございます。俺と同じだ。いや、正確には1時間前の俺と同じだ。
俺の双子の妹、なまえの頭の中では、誰も見たことのない映像が浮かんでは消えてを繰り返しているんだそうだ。あいつはただ、それをなぞっているだけだと言う。
「………すごい」
緻密に描き込まれたイラストを目の前にして、毎度安っぽい感想しか言えないのはなぜなのだろう。
ぺらぺらのスケッチブックに、黒のドローイングペンで1発描き。
銀河すらない超空洞。
何も存在しない無の空間。
そこに取り残されたローブ姿の1人の男。フードを被っていて顔は見えない。
ベッドの上に座りながら、その絵を食い入るようにじっくり眺めた。両手でスケッチブックを持ち上げてみる。そのページだけ1枚めくって、部屋の電気に透かしてみる。
本当にこれは自分の片割れが描いた絵なのだろうか。疑問に思う。しかし確かになまえは、先ほどまでそこのテーブルに座ってこの絵を描いていたのだ。俺はその向かいで頬杖をつきながら、走るペン先をずっと眺めていたはずだ。
「その人はねぇ、」
後ろから声がした。
振り返ると、木製のトレーを持ったなまえが開いたドアの前に立っていた。「センスはあるけど、少し頑固者なんだって」
「誰が決めたの?」
「あたし、かな?」
そう言ってテーブルの上にトレーを置いた。コーヒーの入ったマグカップが1つと、ホットミルクの入ったマグカップが1つ。それから、チョコレートの焼き菓子が入ったココットが1つとスプーンが1本。
「夜のバレンタイン延長戦」
「俺、この絵好きだな」
「それ?この前の音楽の授業の時に考えてたの」
なまえはふらふらとベッドの脇までやってきた。「60分耐久オーケストラ。変拍子の面白い曲だった」
「それでこのイメージが浮かんでくるの?」
へぇ、とまた白黒の魔術師を眺める。なまえとは隣同士のクラスだから、同じ曲を授業で聴いたかもしれない。だけど、自分の頭にはこんな光景死んでも浮かんでこないだろう。