第2章 受験生と生チョコトリュフ(ハイキュー!!/岩泉一)
先ほど雪に突っ込んだせいで、彼のコートは粉砂糖を振るったクッキーみたいに白くなっている。ツンツンした髪にかかったままの雪を払ってあげて、そのまま頬に手を滑らせると、彼は気持ち良さそうに目を閉じた。
「あんた、浮気できない性格なんだね」
思い出したよ。私はこいつの、この誠実なところに惹かれたんだった。どうして忘れていたんだろう。
自分の夢は諦めない。他人のために自分を殺すなんてことはしない。いつも真っ直ぐ生きているから、私への感情もぶれることはない。岩泉にとって、物理的な距離は壁ではないのだ。
「今の時代、ネット環境さえあればいくらでも連絡できるだろ。時間がかかるだけで、会えないわけでもないんだし……」
そう言って彼は口をつぐんだ。後ろからバスの停車音がする。振り返ると、赤信号の下でオレンジ色のランプが点滅していた。「じゃあな」と、彼が立ち上がる。
「気ぃ付けて」
「いつも一緒に待ってくれてありがとう」
「おう」
彼に向かって右手を振ると、ぎこちなく笑みを返された。
だけどすぐに、「あー、くっそ……」と腰を引き寄せられる。
「ちょ、岩泉……」
「悪い」
「待って、ここ外……っ」
「抵抗すんな。早くしないとバスがくる」
その言葉で動くのを止めた。直後に唇を奪われる。
触れるだけのキスを1回。少し深めのキスを1回。一度離れたけれど名残惜しくて、また触れるだけのキスを1回。
「チョコ、旨かった。ありがとう」
「うん」
「来年もくれ」
「……うん」
「泣くな」
「うん」
「絶対泣くなよ」
「うん、大丈夫」
頷いた直後、背後でバスが停車した。排気ガスの臭いと、空気を吐き出す大きい音。
「じゃあな、なまえ。また明日」
「うん、バイバイ」
触れていた身体が離れていく。腕が、指先が、視線が、距離が。
バスのステップに立つと直ぐにドアは閉まった。余韻なんて掻き消すように、重そうに鉄の塊は走り出す。窓から見える恋人の姿が、どんどん小さくなって消えて行く。
来月からは、”また明日”と言えない関係になってしまうのだ。でも大丈夫。
「私たちなら平気だよ」
小声で唱える。黒くなった窓ガラスの向こうに浮かぶ、泣きそうな顔の自分と目が合った。
-おしまい-