第8章 ほろ苦く、甘い
「なぁ、蓮見」
海先輩がゆっくりと、混乱する私に言い聞かせるように言った。
「リエーフは確かに人懐っこいけど、どんなに仲が良い奴にだって、お前以外にあそこまで甘えたり、近付いたりすることはないよ。男にも、勿論女にも。……蓮見も、そうだよな」
友達だと、親友だと思っていた。
だから私自身いつもあんなにべったりくっついていても、疑問を持たなかった。
嫌だなんて、思わなかった。
幾ら仲が良くたって「友達」の領域の人には踏み入れさせない一線が、誰にだって存在するのに。
その一線を越え、踏み込むことを許した時点で、自覚はなくともリエーフは――私にとって「特別」だったのだ。
思わず頬に手を当てた。熱い。きっとゆでダコのように赤く染まっている。
「……蓮見、とりあえずその口の端についたチョコを取ったら?」
夜久先輩の指摘に、慌てて口元に手を当てる。
思い当たるのは、一つだけ。
少しかさついた柔らかな感触。口腔をまさぐる熱と、あとに残ったチョコの味。
もうこれ以上ないと思っていた顔の温度が、更に上昇する。
頭に血が登り過ぎているのか、目の前がぐらぐらして、身体がよろめく。
どういう状況でどう付いたのかなんて、私の様子で丸わかりだったのだろう。
「あの発情ライオン去勢するか……」と、物騒に呟く夜久先輩。海先輩は深く頷く。
拭ったチョコを舐めとれば、ほろ苦く、甘い。
真冬の寒い日だというのに、顔の熱はまだまだ引きそうになかった。