第22章 【きっかけ】
その前の日というのが、力が家に帰ったら美沙の様子がおかしかったことから始まった。やたら片方の肘を触っている。
「肘どうかしたの。」
「や、別にどないもないです。」
まだ敬語が抜けきっていないこの頃の美沙は言うがごまかしきれていない。どう見ても少し痛そうにしている。
「打ったのかい。」
「ええまぁ。ドジってこけてもて。」
「そう、気をつけてな。」
この時力は何かまだ変だと思っていたけどそれ以上深く追求する事が出来ないでいた。
事が分かったのは先の話に出たとおりで、翌日の部活で田中から聞いた。美沙は2年の誰かに力の悪口を言われ、我慢出来ずに言い返したらしい。言い返された相手は逆上して美沙を突き飛ばし美沙はその時片肘を打った。田中がいたのは折悪しく美沙が突き飛ばされてしまった後であり、止められなかった事を深く詫びられた。田中は悪くないので力はそこは謝らないでくれと言った。
その日の部活が終わって家に帰ったら美沙が部屋から出てきた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
「今日もお疲れさんです。」
「あ、ありがと。えと、あのさ、」
「はい。」
「肘は大丈夫かい。」
「痣になってるけどしゃあないんちゃいます。ほっときゃ治るでしょ。」
「仕方ないって、」
力は唐突なのを承知で言った。
「俺の為にそうなったんだろ。」
美沙が明らかに動揺した。もともとそらしがちな視線が更にあからさまに逸らされる。
「ええと。」
「田中から今日聞いた。どうして黙っていたんだ。」
力は尋ねた。
「兄さんが俺のせいでって思たら困るからです。」
美沙は答えた。
「自分の事はどうとでもなります。でも他に波及するんやったらそういう訳にいかへん。」
「おいおい。」
「自分の事は後回しか、あんまり良くない傾向だと思うけど。」
成田が口を挟む。
「そう。おかげで困る時もあるんだよな。」
力はその当時も困った。
「何でそこまでするんだ。」
思わず聞いたのは今でもよく覚えている。美沙は珍しく目を合わせた。そして
「貴方の妹やからです。」
はっきり言った。