第93章 クロロ=ルシルフル《14》
それなりに大きなホールで女性特有の高い歌声が響きわたる
赤いドレスに身を包む私は幾度となく美しいと言われた足を組みかえた
「隣、失礼しても?」
『えぇ、どうぞ』
「ありがとう」
20代前半ぐらいだろうか?
幼い顔立ちの少年が私の隣に座る
あまりいい席とはいい難いこの場所にわざわざ座りに来るとはおかしな人だ
長々と見つめることはなくすぐに視線は舞台へ戻る
「貴方は舞台に立たなくてもいいんですか?」
『…あら?なんのことかしら?』
表情を変えず問い返す
舞台にたっている時のようなメイクはしていない
なら、声で気づかれたのだろうか?
視界の端の彼は口角を少しあげ悪意のない笑みを浮かべる
「今日はさんにお話がありましてこのコンサートに来たんですがまさか客席に居られるなんて思いませんでしたよ」
『ふふ、おかしなことを言う人ね。確かにこのコンサートはさんのだけど人違いよ。私はさんじゃないわ』
改めて見るとよく整った顔に向かってこれ以上ないほど優しく微笑む
もしかするとマネージャーが私を連れ戻しにこの人を寄越したのだろうか?
だとすると早々にこの場を離れた方がいい
『それじゃあ、私はこれで。会えるといいですねさんに』
「もう行かれるのですか?」
近場においていたカバンを手に取り席を立つ私に首を傾げた彼が問う
とにかくこの場は誤魔化してしまおうと適当なことを口にした
『えぇ、用事を思い出したの』
「そうですか。では1つお話を」
『お話?』
大きく丸い瞳を細める彼は立ち上がる
何事だろうと思い一瞬動けなくなった私の頭を抑え耳元で囁く
「数日後、貴方を奪いに蜘蛛がきます。抵抗しないことを俺はおすすめしますよ」
再び座席へと座り歌を楽しむ彼は本当におかしな人だ
言われた言葉を気にもとめず私はホールをでる
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「ふっ、世界一の美声か…」
つい最近、本で手に入れた情報
確かにあの声は美しい
「俺のコレクションにふさわしい」
邪魔な前髪をかきあげた俺の口角は無意識に上がっていた
H27.8.11