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【ヘタリア】周波数0325【APH】

第40章 疑心または月夜にて


風なんて吹いていないのに、いや、だからこそなのか。

大気は、生温かい鉄の匂いをはらんで静止していた。

嫌になるくらい記憶どおりの曇り空が、その色を鮮やかに強調する。

……撃ったの?

アスファルトをゆっくり濡らしていく“赤”に、一番目を背けたい問いが頭をもたげた。

寄りかかる体が、熱を失っていくかわりに重さを増していく。

――マシューは、どうして、

理解できない風景に、脳から思考能力が抜け落ちていく。

――どうして、笑っているの?

キンッ!

金属が泣く音と吹き飛ぶ銃が、最初の変化だった。

背後にいたアーサーだ。

短剣の柄を投げ、マシューの手から銃を弾き落としたらしい。

マシューはふらつき、したたかに打ちすえられた右手の甲をおさえている。

足音だけを残してアーサーがうしろから躍りでた。

駆けた勢いそのままにマシューにとびかかり、殴るように地面へ押し倒す。

まともに頭を地面へ打ちつけたマシューの眉間に、容赦なく照準を合わせた。

「お前は誰だ」

こぼれ出た言葉は、美しいとすらいえる身のこなしと比べると、陳腐だった。

しかし、アーサーの瞳が全てを物語っていた。

いつもは鮮やかなグリーンが、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように濁り、沸騰している。

その言葉が懸命な逃避だということを、ぼんやり理解した。

頭が痺れ、思考があやふやになっていく。

膝にざり、とした感覚が伝わり、いつの間に膝をついていたことがわかった。

ひどい耳鳴りがする。

閉じていく目蓋のすきまから、世界が映る。

誰もいないはずの街で、深海の眼が笑った気がした。
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