第26章 電波塔クラスレート
「たしかに、大変なことばかりでした」
トリップする度に起こる頭痛や目眩。
地下で襲われた意識障害。
何度走り回ったかわからない。
何度恥ずかしい目にあったかわからない。
「でも、後悔なんてしてません」
はっきりと、言い切る。
自分でも不思議なくらい、一切迷いのない声だった。
明快な断言に、ギルはいくらか面食らったようだ。
私の返答が予想外だったのか。
そんなギルの返事を待たずに、私は笑って言った。
「それ以上に楽しいことばかりでしたから!」
ギルの瞳が揺らぐ。
自信を持って言える。ギルの目をまっすぐ見返せる。
「みなさんと出会えたことは、何物にもかえがたい大切な宝物です。後悔とは一番遠い場所にあります。
この先どんなことがあっても、それは変わりません。
異変だって、みんなで力を合わせればなんとかなりますよ!」
「……お前、よくそんな恥ずかしいことが言えんな」
ギルは顔を横に背けている。
あろうことか、口に手をあてて笑いをこらえていた。
その人の神経を逆なでするような所作に私は憤慨する。
「なっ!? 私は真剣ですよ!」
「はっ、そうだよな、公子はそういう奴だよな」
なだめるように頭を撫でられる。
誤魔化されているようで納得いかない。
けれど、眉を八の字にして、頬を緩めるギルを見ると、なにも言えなくなってしまった。
“ギルは後悔してるの?”
その問いが喉につっかえて、体の中に逆戻りした。
「戻ろうか」
ギルが手をさし伸べてくる。
雲の晴れた月明かりを背にして、銀髪がきらきらしていた。
静かに手を重ねる。
なぜだか、恥ずかしさやためらいはなかった。
長年の付き合いの相手にそうするように、自然と手をつないでいた。
ギルはなにかを言おうとして、やめて微笑を浮かべる。
穏やかで、どうしてだか胸を締め付けられる沈黙が降りた。
私たちは、歩き出した。