第22章 依然重複領域外に
「なにか困ったことはない?」
「目の前の人物に関することなら山ほど」
ムスッとして答えると、イオンがさも可笑しげに笑い声を立てる。
……あ、れ?
“なにか困ったことは”って、トリップとか諸々のことを知ってるの……?
「……イオン――」
「方程式の中だから」
「?」
そばにある街路樹の幹に手を添え、唐突にイオンは言った。
よく見ると、彼には影が、ない。
曇りだから? いや、だけど街路樹には――
「乱数なんていらないんだ。無秩序な数値は予定調和を壊すから」
違和感の正体を探っていると、空に視線がいった。
なんだろう、雲がさっきから1ミリたりとも動いていないような……いや、そもそも太陽が――
「僕は死者だ」
「……え?」
一陣の風が吹き荒れ、大気を強く撫でる。
街路樹の葉がかさかさと鳴り、どこかの窓が軋む音が聞こえる。
風の中、彼は微笑んでいた。
慈しむような、それでいてひどく悲しそうな。
――まるで箱庭を見守るような。
「待っ――」
どこまでも広がる地平線へ手を伸ばす。
髪があおられ視界を遮る。
風が空高く消えたあと、もう彼の姿はなかった。
行き場をなくした手が、あてもなく彷徨っているだけだった。