• テキストサイズ

【CDC企画】冬の贈り物

第4章 慶応三年二月十三日


慶応三年二月十三日。

実桜は夕餉の洗い物を済ませると、火鉢に手をかざした。冬場の水仕事でかじかんだ手では針を持てない。刺繍に思いの外時間がかかり、襟巻はまだ完成していない。急いで仕上げたいと心ばかりが焦ってしまい、なかなか温まらない指先を何度もさする。ようやく温もりを取り戻した手で灯りと針箱を用意した。裁縫は得意というだけあって、馴れた手つきで針を進めていく。一針ごとに想いを込めて。端を少し残して針を止め、そこから生地をひっくり返す。形を整えて端をかがり、結んだ糸をハサミではなく歯で切った。少しでも想いが伝わるように願いを込めて。

気付いた時には月は中空を過ぎていた。集中していて気づかなかったが、随分と夜更かししてしまったようだ。実桜は針箱を片付けて、白と紅の薄紙を何枚か重ねたものの上に出来たばかりの襟巻を置くと、サッと包んだ。薄紅の端切で作っておいたリボンをかける。なんとかプレゼントとしての体裁は整った。

チョコレートは無いが代わりに想いを伝えるものは用意出来た。今年は慶応三年。ということは来年年明け早々鳥羽伏見の戦いが起きる。そこで負った傷が元で彼はこの世から去る。これが最初で最後のバレンタインデーになるのだ。例え拒絶されてもいい、後悔しないよう彼に伝えなければ。実桜は明日への決意を胸に寝床へ潜り込んだ。
/ 39ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp