第5章 その5.毎度傷ついてはいけません
私がその人の名前を出すと、大野さんの顔色が変わる。
「なんでがゆずのこと知ってるの、」
「……」
なんで、・・・答えられなくて俯いてしまった。
「…まあ、いいや。じゃあ俺行くから。」
大野さんは私に背を向ける。
「…大野さん!」
その声で私の方へと顔だけ向けた。
「…大切な人、ですか」
また汗がジワっと流れる感覚。
「………」
「ゆずさんは大野さんの…大切な人ですか?」
知りたいんです。
大野さんが胸を痛める相手の存在を。
大野さんが私を真っ直ぐ見つめる。たった0コンマの時間が長い間見つめ合っていたように感じる。
もう耐えられそうにない、そう思った時大野さんが視線を外して沈黙を破る。
「そういうのじゃないよ。」
「・・・え、」
ゆずさんは、大野さんの大切な人じゃ、ない?
じゃあ―・・・・
「もっと、それ以上の人。
ゆずとのことは、に関係ないから。」
次の質問の前に距離を開けられる。
「……」
笑ってはいないが、いつもとは変わりのない声色。柔らかい、話し方。
「もう、いい?」
これ以上、何も聞くことはできなかった。
これ以上、踏み込めなかった。
「…はい、ごめんなさい。」
何も言わずにまた背を向けて歩き出す大野さん。
「関係ない」少しでも大野さんの力になりたいと想っている今の私にとっては、一番キツイ一言。
いつも消えない薄い壁が、
また厚くなった気がした。
このまま厚くなりすぎて、大野さんが見えなくなったらどうしようと、不安になった。