第9章 その9.自分だけ、ではいけません
私は一人で珈琲ショップの前に立っていた。
まだお店は開いていない。
なぜなら柚希ちゃんはまだ学校だから。
柚希ちゃんがお店に来る時間を狙って
わざとこの時間に来た。
柚希ちゃん、嫌がるだろうな、
と思いながらお店の前で待っていると
「ちゃん?」と名前を呼ばれた。
「ゆ、柚希ちゃん!」
柚希ちゃんは今まで見たことのない、冷めた目をしていて、一瞬誰かわからないくらい、別人だった。
「智なら今日は来ないよ。」
話し方にもいつもの抑揚はない。でも、時々感じた違和感がそこにはなかった。これが本当の柚希ちゃんなのかもしれない。
「うん、知ってる。柚希ちゃんに会いに来た。」
わざと大野さんのいない日を狙って。
本当の柚希ちゃんと会うために。
「なに。何か用?」
「…あ、えっと!今から暇ですか!?」
「なわけ、なくない?」
と柚希ちゃんがお店をチラッと見る。
そ、そうですよね。
「あ、遊ぼう!」
「は?」
唐突な私の申し出に怪訝そうな表情の柚希ちゃん。
そりゃそうだ。
「私、柚希ちゃんと行きたいところがある!」
「だから店があるんだって。」
「人、来ないのに?」
「あんたさ、失礼、て言葉知ってる?」
「だって、昨日も私だけだったよ?」
「…意外と図太いのね。」
「いやあ、柚希ちゃんほどでは…」
「照れんな、褒めてないわ。」
「……じゃあ今日は諦める。(急すぎたし)」
「今日、は?」
柚希ちゃんの左眉がピクリと動く。
「明日も来る!」
「あんた、暇なの?」
「暇じゃないよ~。新しいパン買いに行かなきゃだし、それ食べなきゃだし、ダイエットしなきゃだし、」
「全くもって効率悪そうな人生ね。」
「え?なにが?」
「ああ、もう、うざい。帰ってよ。」
「柚希ちゃん、あんまりカリカリしたらだめだよ。はい、これあげる。」
「あ?クリームパン?いらないんだけど。」
「え!?それ2時間並ぶやつだよ!?
ありがたく貰っときなよ!」
「…(ありがたくって)まじでウザい。」