第26章 Exclusive Love.(井伊直政)
「何か、悩んでいるのですか?」
「真田信之様…!」
小田原に攻め入った一月後、信之はある人物にそう声を掛けた。
大きな黒い瞳、雪のように白い肌。
艶のある黒髪は一つに束ねられている。
「いえ…」
「言い当てても宜しいですか?」
「え…?」
「……直政殿の事ではないですか?」
「……っ!」
白い肌がみるみると赤く染まる。
彼女の名は。
服部半蔵の元で忍として徳川家に仕えていたが、小田原攻めの前辺りから任が変わる。
徳川家臣、井伊家当主である井伊直政の忍となったのだ。
「……直政殿は厳しい?」
相手の心を少しでも開ければと思い、信之は言葉を砕く。
端から見れば不思議な光景だった。
あの本多忠勝の娘婿である真田信之と井伊家の忍が隣り合わせで言葉を交わしているのだ。
こんな場面はそうあるものではない。
「いえ…!厳しくなどありません、寧ろ過保護過ぎるくらいと言いますか…」
事実、直政はをとても大切に扱っていた。
顔や体に傷を付けようものならすっ飛んできて井伊家に伝わる薬や体に良いとされる食べ物を大量に用意する。
そして治ったら傷痕が残っていないか細かく確認し、それが済むと安堵の笑みを見せる。
傷をつけるな、毎日のようにそう言われた。
もちろん、忍である以上難しい話なのだが。
赤面したままそう話すは影の世界で生きる忍とは思えないほどに愛らしく、可憐だった。
「それが、不満?」
はふるふると首を振った。
「直政様は…その、女性に対して無意識に…っ」
そこまで言うと俯いて唇を噛み締めた。
忍として側にいるのにこんな感情は、醜い。
それでもあんな扱いをされては勘違いをしてしまう。
しかもそれが自分に限った事ではないと言うのがの悩みであった。
真っ直ぐな性格である直政は言葉も真っ直ぐである。
誰が相手であろうとダメだと思えばダメと言う。
当然その逆もあるのだ。
綺麗な人には綺麗だと言う。
そこに下心がなかったとしても言われた相手はどう思うだろう?
容姿端麗な直政から褒められれば誰も嫌な気などしない。
近いところで言えば北条の姫君、早川殿にも「美しい」と言っていた。