第22章 桜(伊達政宗)
部屋にひとひら桜の花びらが舞い込む。
薄紅色のそれは、受け止めようとして右手を伸ばしたわしの手を舞い踊るかのようにすり抜け音もなく畳の上に落ちた。
「またこの季節が来たか」
落ちた花びらを拾い上げ机の上に乗せる。
“政宗様”
頭の中にの声が響く。
失ってもう五年もの月日が流れてしまった。
“十日も暇を?ならば母に会いに行って参ります!母も喜びます…政宗様、ありがとうございます!”
里を出て城に仕えるようになったにやった初めてのまとまった休暇だった。
桜の舞い散る春の日笑って城を出た。
その里に帰る道中、は賊に襲われた。
笑った顔が綺麗でたくさん見たいと思った。
だから里から戻れば更に笑顔が増えると、そう思っておったのに。
「何故…お前は此処に居らぬのじゃ」
その事実を知った後、すぐにを襲った賊をみつけだし殺した。
“政宗様!もうお止めください!”
“黙れ小十郎!こうでもせぬと…わしは、わしは!!”
執拗に斬るわしを小十郎が止めた。
賊を斬ったところでは帰らぬ事もわかっておった。
父を失った時は支えてくれた家臣達がおった。
右目を失った時は小十郎がおった。
ならばを失ったらば?
何が代わりとなるのだ?
否、何者であろうとの代わりなど務まらぬ。
「…」
会いたくて堪らぬ。
の姿を求めるように庭に出た。
この奥州の地にも漸く春が訪れる。
春と共に、わしの胸には寂しさも訪れる。
庭にある桜の木。
まるで見せつけるように誇らしく堂々と咲いている。
「勝手に居なくなりおった事…わしは許しておらぬぞ」
幹に触れ、呟いた。