第21章 風(真田幸村)
「本当に行ってしまうのか」
「…幸村様」
桜の木の枝に乗り考え事をしていた。
これから何処へ向かおうか。
下から声がして見下ろすと真剣な眼差しをこちらに向ける貴方の姿。
舞い散る花びらも気にする事なく、真っ直ぐに私を見ている。
音を立てずに貴方の隣へと飛び下りる。
「行きますよ…私は武田に雇われた忍です、主君亡き今此処に居ても仕方がないですから」
「…某が行くなと申してもか」
「………ふ、どうしたのです?幸村様らしくもない」
まるで駄々を捏ねる子どもの様。
眉間に少し皺を寄せて、拗ねた顔をしている。
「真田には優秀な忍が多くおられます、今更私の様な雇われ忍を召し抱えても規律を乱すだけです」
「……」
「お気持ちだけ、有り難く頂戴致します」
貴方の髪へと手を伸ばす。
薄紅色の花びらをそっと払った。
「勝頼様は不器用なお方でした、真っ直ぐで逃げる事も知らない…幸村様、貴方もそうです」
真っ直ぐで、誰に対しても真摯で。
私にすらも。
「決して…死に急がないで下さいね」
そんな武士はたくさん見てきた。
どうか貴方はそうならないで、武田の様に散らないで。
「…それは死地に真っ先に飛び込むそなたの方だろう」
「私は良いのです、闇に生まれた者は何れ闇に返るのですから」
忍とはそう言うものだ。
余計な感情など持たない方がいい。
小さな恋心など育つ前に自分で消してしまえばいい。
「…幸村様?」
貴方の温かく大きな手がそっと頬に触れる。
余りに違う体温に胸が、跳ねる。
「某は、そなたと共に生きたいと思っている」
「……!」
見つめれば吸い込まれてしまいそうな瞳だった。
そうならないように私は静かに瞳を閉じる。