第30章 人形
「それが全てなのか?」
突如、藤堂が切り出す。
声色こそ落ち着いてはいたが、視線は鋭く八瀬姫へ突き刺さる。
立つ力すら奪われた久摘葉と唖然とする颯太を確認しつつ、確実な敵意を剥き出しにしていた。
「…そう。これが全て。」
そう答える八瀬姫は一歩前へ踏み出し、久摘葉へと手を差し伸べる。
「全てを話すと決めた理由こそ、お前を連れ帰るため。本来の姿を思い出し、役目を果たせ。千月。」
久摘葉の手は震えていた。
その振動は空気を伝ってこちらまで届いてくる程。真実への怯えが脳裏に焼き付いて離れなかった。
怖い。怖い。怖い。
この少女は何を思っているのだろう。
そればかりが久摘葉の思考を駆け巡っていく。
なぜ、どうして自分がその大役を果たさなければならないのか。
過去の自分はそれをどう思っていたのか。
承諾していたのだろうか…。
いや、過去の自分ですら知らない事実を知ってしまった。
強い私なら、今この場でどうしていた???
「忘れたくないから、怯えてんだろ。」
いとも容易く久摘葉を混乱の中に閉じ込めた八瀬姫に届けようと、藤堂は言葉を綴っていた。
「いい思い出だけじゃない。人には痛みだって必要だ。時には危険から守ってくれる。今だって、心が久摘葉を守ろうとしたから、こうして怯えてんだろ。」
「平助…くん………。」
涙腺に涙を溜め込んだグズグズの声でその名を呼ぶ。
そうする事で久摘葉には、不思議と勇気が湧いてくるような、そんな気持ちに溢れてくる。
「私は、帰りたくない。例え命が危うい場所だとしても、私はここを選ぶ。だから貴女とは行けません。」
「…お前も、自由を欲するか。」
「はい。」
そうして自らの意思を示す久摘葉に、八瀬姫はため息を漏らした。
颯太の方がピクリと動いた様な、そんな気がした。