第18章 悪戯
月だけが見守っていた世界。二人の時間は、時を止めた様にその場から動けなくなる。互いが互いに、動かないまま。ふわりと香る、アリスの愛らしい甘い香りに酔いしれるように、セバスチャンは彼女の背に徐に腕を回した。
「アリス、私は……」
セバスチャンの瞳は、紅茶色に揺らめいて優しく彼女を包み込んでいた。驚くほどに穏やかで、まるでここだけ世界から切り離されたみたいで。アリスは一言も発さない。何を想っているのか、セバスチャンには読み取ることしか出来ない。
それが正しかろうと、間違っていようと。それでも、アリスへ語り掛けるように。
「私は……貴女のことなんて、大嫌いですよ」
ぴくりと、彼女の手が反応を見せた気がした。けれどお構いなしに、セバスチャンは言葉を続けた。
「ええ、大嫌いです。そうやって今になって、行かないでなんて口にする貴女なんて。だって……」
そっと、セバスチャンの手は彼女の髪を撫でた。何かを伝えたくて。でもたぶん、それは彼女にはけして伝わらない。それを物語るかのように、アリスはおそるおそる顔を上げた。その表情は、困惑や焦りや驚きや様々な感情が混濁しているのが伺える。
それがとてもおかしく、セバスチャンは微笑んだ。