第13章 Stay, My Darlin'!!(影山飛雄)※
「な、んで、」
右手で握り拳をつくる。震えるくらいに力を込めて握りしめる。でもその拳を彼女に振り下ろすことは死んでもできない。
俺だって男だ。力で捩じ伏せることもできる。無理矢理にでも事に及ぶことだってできる。できるけれど、できないんだ。なまえさんの言葉1つで思考も身体も止まってしまう。なんでかはわからない、只の言葉なのに。
「ダメ」
なまえさんが念を押すようにゆっくりと言った。その注意のしかたは、学校の先生のようでもある。
「だめスか、なんで、いいでしょ」
「影山はよくても私はよくない」
「お願い、します、」
なまえさんの肩に額を乗せて、ねだるけど許可は下りない。
なんで
なんでだよ
なまえさんばっかり余裕でずるい。悔しい。苦しい。
「せめて胸、だけでいいんで」
触らせてください、と小さな声で言った。返事はなかった。
なまえさんは俺の頬を両手で包んで、優しくキスをした。何度も角度を変えて、次第に深く、何度も何度も。舌で上顎を撫でられると、脳がじんわりと蕩ける。
乱暴な俺のとは全然違うキス。まるで、口付けとはこうやってするものですよ、と黙って教えられているようだ。
唇が離れたあと、俺はなまえさんの顔をじっと見た。
どうして、と頭の中で問いかける。
どうして男の部屋に来てもそんなに余裕なんですか、そのキスはどこで覚えたんですか、誰から教わったんですか。
こんなに距離を感じるのは、俺が1年で、貴女が3年だからってだけじゃないですよね。
返ってきたのは笑い声だった。
「ごめん、ちょっと思い出し笑い」
何を思い出したんですか、昔の恋人とかですか、
それさえ聞けずに途方に暮れる。
「なまえさんは、俺のこと本気で好きなんですか」
「うん、好きだよ」
じゃあなんで、とまた頭の中で聞き返す。これでは堂々めぐりだ。