第12章 The Great Humbug(東峰旭)
「全部飲んでください」
一口飲み込んだところで、なまえが声を掛けた。まだ結構残りあるぞ、と上目遣いに訴えるが、彼女は微笑みだけを返した。
こいつ、自分が飲みたくないからって俺に飲ませてるだけなんじゃ
そう思いながら、喉に流し込んだ。飲みながら、視線のやり場に困った。
なまえと目が合って気まずい。でも閉じるのも、それはそれで恥ずかしい。手元を見ても落ち着かないし、なによりなんだかキスしてるみたいだ。
あちこちに視線をさまよわせているうちに、紙パックはどんどんひしゃげていき最後にはズズズッと音を鳴らした。
ストローから唇を離すと、小さな空気の破裂音がして圧縮されていた形が僅かに戻った。
「お粗末様でした」なまえは嬉しそうにそれをゴミ箱に放った。「気分はどう?」
「え?」
「これで貴方は、勇気りんりん」
彼女は楽しそうに笑って、手提げの鞄を持ち上げた。
「うーん、何て言うか、」
旭も荷物を肩にかけて、宙を見た。「今日の部活は、なんだか頑張れそう」
「それはよかった。それじゃあ一緒に部室棟へ行こっか」
「おう」
2人で廊下に出て歩き出した。なまえはわざと後ろに下がって旭の背中を見上げた。心なしか、いつもより大きく見える。
「もうすぐインハイ予選だな」
旭が声を掛けた。「お互い、悔いのないようにしような」
「うん。旭も頑張ってね」
「頑張るよ」
なまえは手に持っていた小説の表紙を眺めた。
脳のないかかし、心のないブリキの木こり、そして、勇気のないライオン
もう見慣れてしまった獅子を撫でる。
「......ついでに、私に告白する勇気も頑張って出してほしいんだけどね」
自分でも聞こえないほど、小さく呟いた。
「え?何か言ったか?」
旭が振り返った。
「独り言です」
そう言うと、そっか、と言ってまた前を向く。
なまえは、彼にばれないようにそっと、本に口付けを落とした。
END