第2章 HCOOCH3(菅原孝支)
菅原孝支には好きな女の子がいる。
クラスメイトのみょうじなまえ。
大きな瞳に、長いまつげ。華奢な身体に、すらりと伸びた脚。
その特徴だけ聞けば、さぞ男子生徒に持て囃される日々を送っていることと思うかもしれない。実際菅原も、クラス替え直後に初めてなまえを見たとき、果たしてここまでドンピシャに自分の好みに嵌まってくる子が存在したのか、といたく感激したものだ。
しかし神様はどうやら平等主義者らしい。なんというかその、彼女は少し浮世離れしている部分があり、他人から見て近づき難い雰囲気を纏っていた。簡単に言うと、新学期のクラスで孤立してしまっている。
けれど好きになってしまったものはしょうがない。独りで昼食をとっていようと、独りで教室移動をしていようと 、彼女が魅力的なことに変わりはなかった。
そんな彼女に話しかける勇気もないまま、菅原はその後ろ姿を見つめるだけの日々を送っている。
「なぁ、今日の練習なんだけど...」突然視界の中に見慣れた人物が入ってきた。同じクラス且つ、同じバレー部の澤村大地だ。「...スガ、どうかしたか?」
思案している様子の菅原に大地は尋ねた。
「いや、みょうじってすげー可愛いなって思ってさ」
別に隠すこともないのであっさり白状する。大地は「あぁ、」と納得して菅原の目線を追った。
「まぁ、確かにな」同意の後、一言「少し会話が噛み合わないけど」と苦笑と共に添えた。
ご覧の通りである。どうやらなまえは、容姿は良くてもコミュニケーション能力に難有り、らしい。
「ところでスガ、お前今日すげーいい匂いするな」
会話をすり替えるように大地が尋ねた。
「あ、やっぱキツいかな?」菅原は申し訳なさそうに眉をハの字にした。「柔軟剤だよ。母親が、海外の甘ったるい香りのやつ買っちゃって...」
「なるほどな。」大地が大きな口を開けて笑った。「言うほどキツい匂いじゃないが、ますます女子力が高まるぞ」
「や、やめてくれよ!ちょっと気にしてんだから」
菅原はぶんぶん、と両手を顔の前で振った。
「ま、スガもどちらかと言えば癒し系だし、案外不思議系のみょうじとお似合いなんじゃないかな」大地はさほど興味がないのか、雑に話をまとめ、「で、」と、本来の目的だった話を切り出した。
「今日の練習のことなんだが...」