第11章 海に生きるライオン(黒尾鉄朗)
「これ以上はダメ」
今度はなまえがニヤリと笑った。絶望的な気分になって、さっきのお返しだろうな、と思った。どうやらここから先は駆け引き次第のようだ。
「ここで止められたら生殺しだろ?」
「ダメです」なまえはきっぱりと言った。「お母さんが帰ってきたらどうするのよ」
「お前の母親が、この状況を見て『なんてふしだらな子』って顔をしかめると思うか?」
俺はねだるようになまえの髪の毛に指を絡ませた。
「それもそうね」
なまえは擽ったそうに笑い返した。「言うとしたらあれね、『お母さんも混ぜて』だね」
「お前の母親は、お前よりもうんと強烈だからなぁ」
ちゅ、と音をたてて唇にキスをしてから、なまえの目を見つめて再びボタンを外しにかかる。彼女の右手は俺の手に添えられているものの、それを阻止しようとはしない。
「あら、でも若いころにイギリスに留学してた時は、大層モテたそうよ」
なまえは自分の衣服がまた乱されかけていることに気が付いていない様子だった。「私のお母さん、昔は個性的で、自己主張が強くて、尻軽だったからね」
遊ばれてただけじゃねぇか、と思わず手を止めて突っ込みを入れる。
そんな堅苦しいことを考えている時点で、俺も立派な日本男児なのだろうな。
もしかしたら、俺がしっかり見張ってないとなまえ も他の男に弄ばれてしまうかもしれない。親が親なら子も子。カエルの子はカエルだ。
「そうそう。イギリスといえば、」なまえは俺の首に両腕を絡ませて、とろけるような声を出した。「あっちではね、黒猫は幸運の象徴なんですって」
私の部屋行こっか、と囁く声が脳髄の浅いところに広がった。
誰が黒猫だ、と言い返す。
やけに五月蝿い心臓の音は、聞こえない振りをした。
END