第11章 海に生きるライオン(黒尾鉄朗)
“お団子”
スマホのメッセージ画面に浮かぶその3文字の意味がわからず、眉間に皺が寄る。
「クロ、どうかしたの」
俺の異変をいち早く察知した研磨が心配してきた。黙って画面を向けてやると、あぁ、と言いながら同じように眉間に皺を寄せた。
「今日、十五夜だから」
「十五夜か」
俺も納得してからぼやく。「もう練習でへとへとだってのに、パシリかよ」
恋人であり、家が近所のなまえは、よくこうやって俺に宅配を頼む。
例えそれが深夜だろうと、今日のような部活帰りだろうと、あいつにはお構いなしらしい。
「でも結局買ってあげるんでしょ」
「まぁな」惚れた弱み、というやつだろうか。「研磨、お前も行くか」
「俺は、いい」そう答える幼馴染の声には、僅かに動揺が含まれていた。
「今更遠慮する関係でもないだろ」
「そういうわけじゃなくて」
研磨は落ち着かない素振りで視線を下に向けた。「…家に帰ってゲームしたいから」
長い付き合いから、それが嘘だとわかる。だけどそこをわざわざ突付く必要も無いだろう。歩きながら、そうか、とだけ返事をした。
しばらく会話が途切れたが、ふいに「月見団子って知ってる?」と研磨が尋ねてきた。
「俺のこと馬鹿にしてんのか」
「違うけど…」研磨は困惑の表情を浮かべた。何と言ったらよいかわからない、という顔だ。
まるで意図が読めなかったので、「心配すんな」と言っておいた。「おつかいくらい、俺にだってできる」
研磨は何か言いたそうにしていたが、適切な言葉が浮かばなかったのだろう。無言のまま俺に並んで歩き続けた。
「じゃ、スーパーこっちだから」
交差点でそう告げると、研磨も頷く。まだ不安げな表情をしていたが、自宅がある方向の信号が青の点滅を始めたので、小走りで渡っていった。
「…なんか変だな、あいつ」
夕焼けの中で遠くなる背中を見つめながら、1人で呟いた。